宮古島の史跡

宮古島の史跡について

久松五勇士(ひさまつごゆうし)

日露戦争時、北上するバルチック艦隊を発見、通信施設がある石垣島へサバニで渡り伝えた。5人の漁師が果たしたこの任務は、昭和に入り大きく評価され今に語り継がれている。

人頭税石(にんとうぜいせき)

人頭税石は高さが約143cmある石柱で、薩摩藩に支配されていた時代、この石柱の同じ背の高さになると課税対象になった宮古島の悲しい歴史を感じる遺跡です。

漲水御嶽

宮古島創世神話が伝えられている宮古島でも最高の由緒ある御嶽です。16世紀に仲宗根豊見親が築いたと言われています。

仲宗根豊見親の墓

15~1世紀頃に宮古を支配していた仲宗根豊見親が父親の真誉之子豊見親の霊を弔うために建てたお墓です。外観はピラミッドのような階段構造になっているのが特徴です。

帯岩

帯岩は下地島にある巨大な岩です。昭和初期の大津波で打ち上げられたとされる。岩の中央部にくぼみがあり、人が帯を締めているように見えるのでこの名称がついたようです。