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沖縄の文化芸能 |
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| 陶芸 |
| 琉球における焼物の発祥は1430年頃といわれ、海外貿易により中国や南方から持ち込まれたと考えられる。当時は、主に泡盛を入れるための容器や水がめ、日用雑器などが焼かれていた。その後、1600年代に朝鮮の陶工を招き、製法や技術を習得。釉薬、上絵付けを施した焼物が作られるようになった。その後も沖縄の焼物は、南方系、中国系、朝鮮系、薩摩系などの要素が取り入れられ、新たな作風が次々と生まれていった。現在では、本島をはじめ離島各地で焼物が作られ、オリジナリティあふれる作品を見ることができる。 |
| 漆器 |
| 中国の影響を強く受けた琉球漆器の起源は、中国との国交が始まった14世紀後半に遡ると言われている。高温多湿の沖縄は、漆器作りに最適な気候であると共に、螺鈿(らでん)細工の材料である夜光貝が豊富に生息していたことも、その発展を促した理由のひとつである。豪華な沈金や、螺鈿、華やかな箔絵のほか、堆錦という琉球独自の技法も生み出され、現在でも盛んに用いられている。 |
| 琉球ガラス |
| 沖縄で初めてガラス製品が作られたのは明治の末頃と、その歴史は新しい。当時はランプのホヤや薬ビンなどの材料として使用されていたが、戦争を境にガラス作りは一変する。戦後、米軍のもたらした大量の清涼飲料水などの廃ビンのガラスくずを利用した琉球ガラスが、ここに誕生した。廃ビンを利用するため、不純物が混ざり気泡が入ってしまうが、それが逆に独特の味わいとなっている。 |
| 染織 |
| 沖縄の染といえば「紅型(びんがた)」に代表され、織は「絣(かすり)」、「上布」、「花織」、「紬(つむぎ)」など、多種多様なものがあり、日本のどの地方のものとも比較にならないほど特異な染織文化を有している。琉球時代、王府は各離島や地域に趣の異なる織物の生産を命じ、そのため地域の素材、特質を生かした織物が発展した。沖縄の染織文化は南方系、中国系、日本系といろんな地域の文化の影響を受けるが、独自の解釈により琉球固有の染織文化をつくりあげた。 |
| 古典音楽 |
| 琉球王朝時代に王府を中心に演じられた音楽の総称。三線とその弾き手による歌が中心となり、琴、笛、太鼓、胡弓などが伴奏として加わる。音曲も歌も荘重な響きがあり、主なものとして「かぎやで風」、「こてい節」などがある。 |
| 組踊 |
| 舞踊、音楽、せいふの三要素から構成される沖縄独自の伝統楽劇、戯曲である。踊奉行であった玉城朝薫(ちょうくん)が創作、冊封使(さっぽうし)歓待のための余興芸能として1719年に初演される。沖縄の芸能の中でも芸術性、芸能史的価値がとりわけ高く、国の重要無形文化財に指定されている。「二重敵討」、「執心鐘入」などが代表的。 |
| 古典舞踊 |
| 琉球王朝時代に完成された舞踊。踊りごとにふさわしい古典音楽が伴奏される。「女踊り」の紅型衣装のあでやかさ、銀のかんざし、装飾品などのきらびやかさからは、優雅で華やかな王朝時代が偲ばれる。「老人踊り」、「若衆踊り」、「女踊り」、「二才踊り」、「打組踊り」がある。 |
| 雑踊り |
| 明治以降の芝居で創作振付された踊りで、古典舞踊に比べると身のこなしが軽快。庶民のあけっぴろげな感情や生活が素直に表現されている。主なものに「花風」、「谷茶前」、「鳩間節」などがある。 |
| 民俗舞踊 |
| 古来より、村々で伝承されてきた踊りで、現在も祭りの際に踊られる。念仏踊り「エイサー」や「京太郎(ちょんだらー)」、「打花鼓(たーふぁーくー)」、宮古島の「クイチャー」などがあり、特に宮古、八重山は民俗芸能の宝庫として名高い。 |
| 沖縄芝居 |
| 近代以降の沖縄方言による演劇。方言セリフ劇、歌劇と2種ある。廃藩置県後、宮廷芸能を演じた士族の芸能家が禄を失った時、生活のために商業演劇をはじめたのが発端。現在では、他芸能におされ、2、3の劇団が公演を行っているのみ。公演は地元紙やポスター、テレビなどで告知される。 |
| 沖縄音楽 |
| 沖縄における「うた」の歴史は、オモロに始まるといえる。オモロとは沖縄最古の歌謡集「おもろさうし」にある歌謡のことである。祭りの場を中心にうたわれたものが歌謡化したもので、単に「うた」と呼ばれていたが、薩摩侵入以後は本土の唄と区別するために「琉歌」と呼ばれるようになった。17世紀には叙情歌が生まれ、15世紀に大陸より伝えられた三線とともに普及していった。この頃にできたものが、琉球古典音楽である。宮廷では「唄」自体に重点が置かれ、それとは逆に、庶民の間では三線の方に重点が置かれた。やがて、庶民の間で歌われていた民謡が三線の伴奏にのり、人々の暮らしに溶け込んでいったのである。 |
※ 参考 『美ら島』 沖縄県観光情報ファイル
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